仙台を俯瞰する-仙台のとらえ方|今知っておくべき仙台の話

今知っておくべき仙台の話

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仙台を俯瞰する

仙台について触れた部分を、もう一度確認しておきましょう。 仙台という町は常に地域の中心、地方の中核として繁栄してきましたが、時として苦難の道を歩むこともあり、決して万人が幸せだったわけではありません。仙台市の人口は100万人を超え、宮城県の人口の4割以上が仙台市に集結しているとされています。仙台の場合、最も重要な町のブロックというと、やはりJR仙台駅などを中心とした市の都心部。仙台市を代表する商店街である一番町や駅の周辺、さらに歓楽街としては東北屈指の賑やかさを誇る国分町などがあります。

今でこそ商店街として賑わっていますが、武士がいたころは商店街どころか、商売をすることすらあり得なかった区域でした。領土を大幅に減らされ、困窮した家臣たちは北海道などの新天地へ移住。残った人々も藩に頼ることができず、自分たちで稼がなくてはならなくなります。仙台では、商業の地としては国分町などがありましたが、一番町付近は大正時代に誕生した仙台市電の電停が置かれるなど交通アクセスがよく、大きな百貨店なども目立つようになって、しだいに仙台随一の商業地として栄えることになります。

現在は市電もなく、町自体の雰囲気も随分と様変わりしましたが、仙台の中心地としての役割は昔と変わりがありません。江戸時代は商業の町としてだけでなく、旅の者が逗留することができる旅籠なども置かれ、仙台のなかでも大いに繁栄を誇りますが、転機が訪れるのはやはり戊辰戦争の後。仙台藩が降伏したあと仙台城に入城した新政府の役人は、この国分町に遊郭を置くように指示します。仙台のような規模が大きな都市は一定以上の軍隊を置く必要があり、その軍の秩序維持のためにそうした設備が必要となったのですが、これによって国分町の性格は大きく変わっていくことになります。

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